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23 客人

23 客人
 ムラにつくと、女たちが走り寄って獲物を奪いとり、早速始末にかかる。  
 若い衆たちはまだ戻っていない。見える限り気配もない。山深く入って、まだ夢中で得物を追いかけているのだろう。
 その夜は他のムラ人も招いて、三羽の白鳥が料理された。大鍋には獣の血と内臓を入れ、残り少ない薬草も投げ入れた汁が作られた。残りの肉は干して保存する。
 
 肉は皆で分け合うが、皮やそのほかの部位は、仕留めた者が一番値打のあるものを取ることになっていた。三頭の狼をしとめたナガフシにはその毛皮がわたされる。ナガフシは、困った顔をした。
「若いの、始末の仕方を知らんならわしが引き受けるぞ。もう、皮を細工することなどないと思っていたが、これほどみごとな毛並みを見たら、もう一回、腕を振るって見たくなった。」
 年寄りの一人、キアトミが寄って来て、毛皮をなめるように見つめる。
ますます困惑して、すがるようにイブキを見上げる。
「汝(なれ)の物だ。」
イブキは毛皮を押し付ける。ナガフシは激しく首を横に振った。
 そろそろと足を踏み出してトギホの前で膝を折った。
「あの……。これで、ゆるして……。」
震える声でようやく言って、毛皮を差し出した。
「許すって?」
トギホはめんくらっている。ナガフシは言葉をさがして口を動かしかけたが、何も言えずうつむいた。
「しかたない。」
イブキが代弁する。
「ナガフシは、この獲物を獲ってしまったことで、お前が気を悪くしていると思い込んでいるんだ。トギホ、そうではないな。」
「ああ、そうしなければ、俺たちが襲われていた。こいつら、俺の知っているやつにあんまり似ていたから……なんだか、いろんなことを考えてしまったんだ。」
「ほら、安心しろ。だれもおまえを咎めたりはしない。」
「あの……でも……仲間が帰ってきたら全部取られてしまう……。」
「そうか、それもあるなあ。」
イブキは笑った。

 ナガフシの背を押してイワクスの前に立たせ、ナガフシが思いもしなかったことをイワクスに頼んだ。
「あるじ殿、この毛皮でナガフシを家に引き取ってはもらえまいか?」
「毛皮なぞいらぬ。」 
 イワクスは、迷惑気に毛皮を払いのけた。物で頼みごとをしようというイブキの振る舞いが気にいらない。
「ナガフシの身の上は、ナガフシのものだ。イブキ、お前が口出しすることではない。」
「あるじ殿、ナガフシは若い衆の群れにいては、望む生き方は手に入れられぬ。だが、自分から望みに近づく方法も知らぬ。群れから抜けることが出来るなどど考えもついていない。吾は、しばらく前からこの者を迎えて貰いたいと考えていた。」
 イワクスも、ナガフシが若い衆の仲間でどのように扱われているのか気づいてはいた。このままでは、何時までたっても一人前にみられることは無いだろう。しかし、自分のところで引きとろうとまでは考えていなかった。まあ本人に乞われたら拒みはしないだろうが。
 イブキは、それを見通して先回りをしたのだ。
「イブキ、お前がこの少年を救いたいなら、自分が引き受ければよいことだ。」
イブキはしれしれと逃れる。
「吾はあるじ殿の客だ。」
「お前は、責めを負いたくないのだな。」
「いや、この家に人を迎えるのだから、決めるのはあるじ殿だ。」
 この男は、いずれここから去る気でいる。イワクスはなんとなく気落ちする。イブキは、人をさんざん引き回し、しち面倒なことを押し付けて来た。自分でした方がずっと簡単なことでも、大勢を引きずり込んで動かして楽しんでいる。ムラで暮らす人々をうまくまとめるためだというが、イブキは自分の場を持とうとはしない。すべて自分の考えで始めたことなのに、それを進めるのはわしということになっている。
 せっかく一つ舟に乗ってここまでたどりついたのに。
 さんざん別れを繰り返した自分が人に去られるのを寂しがるのはおかしいが、取り残される者の気持ちを初めて知ったようだ。
 わしが旅立ったときは、後の者のことなど考えもしなかった。皆、十分にやっていけると思い込んでいた。なんとわがままな人間だったことか。わしは償いをせねばならない。
 そうだな、イブキはここにいる義理はないのだ。わしにはムラを長く開けて荒れ果てさせた責めがある。

「だが、この少年の口から頼むのでなければ、わしは承知せんぞ。」
 イブキは、会心の笑みをナガフシに向けた。
「ナガフシ、わしらの家に来たいか?」
 イブキには難しい顔をしていたイワクスの声が、意外に暖かいのに驚き、ナガフシはイワクスを見上げる。いかつい笑顔がある。ナガフシはこっくり頷いた。
「自分の口で、声に出して頼んでみろ。」
「お、おれ……を、この家の者にして……くれ。」
「よかったな、ナガフシ。」
トギホがとびぬけて明るい顔でナガフシの背を叩いた。

 全く、この御仁は欲がなさすぎる、と、イブキは思う。ナガフシは凄腕の狩人になる。それだけではない、彼が人と渉りあうことができるようになれば、この地にあってイワクスをしっかり支える人間になれる。
「やっぱり毛皮は汝(なれ)のものだ。」
イブキは毛皮を押し戻した。

 食事の後片付けを終えて、成り行きをみていたニギホが身を乗り出した。
「あの、毛皮を少し、わたしにもらえないかしら?」
「えっ?」
みなが驚いてニギホを見つめた。
「カツラの着物のぶんだけ、あの子の着る物を作りたいの。」
ナガフシは
「全部、全部……使って。」
飛び上がるように喜んでニギホに毛皮を渡した。
「イブキ、お前も上着を作れ。その編衣は寒々しくて見ておれん。」
 イワクスが命令口調で言うと、皆がクックと笑った。
 始末をまかされたキアトミは顔をほころばせた。
「毛の一筋も無駄にはせんよ。」

「ところで、イブキ。連中にことわりをいれてくれるのだな。」
「いや、タカウズに告げるのはナガフシの仕事だ。」
「無理ではないのか。」
「なんとかさせましょう。」
また、思いもつかない手であいつらを丸め込むのだな、イワクスはイブキの笑みを見て思った。
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記事の修正をいたしました。

 この物語を読んでくださってありがとうございます。

 2月からほぼ毎週日曜日に更新して参りましたが、読みかえしてみたところ、細かな間違いが多く、
意味の通じないような言い回しもたくさんありまして、今回修正させていただきました。

 大きなまちがいは、機織の場面で、ニギホが筬を落としたと書きましたが、杼の間違いです。
こんなところで、物を取り違えておりました。

 ほかにもこまごまありますが、いちいち挙げません。ストーリーの流れは変えておりませんので
なんとかつじつまはあっています。気にならない方はそのまま読み進めて下さい。
 
  文章も、音読でわくわくするようなものを、また心がけてまいります。
 集中力不足で、申し訳ありません。

  大変失礼をいたしました。

 なお、お読みになって、間違いや、変なところ、分からないところはどうぞズバズバと指摘してくださいませ。
あまり沢山すぎて言う気にもならないのでしょうか?怖い・・・。

 これからも、あきらめずに書き進めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

                                                   楠田文貴

シチリア南イタリアびっくり旅行記 南イタリア編 3

午後からはアマルフィへ。

びっくりその⑩  岸壁にへばりつく町

崖の町


 海沿いの曲がりくねった道を、小型バスで行きます。切り立った岸壁に牡蠣のようにへばりついて家が建ち、何軒か集まって集落ができています。家の庭でしょうか、数メートルの高さの石垣の上、奥行き2メートルもないような畑に、オレンジの木が植えてあります。しかもその段は海の方にずり落ちそうに勾配がついています。途中、観光客目当ての陶器のお土産屋さんがありました。結構洒落たお店でしたが、ここでも何も買わず見るだけ。ほんとケチだわ。
あいにくお天気が悪くなり、アマルフィについたときには小雨になりました。ここでもお祭りがあるらしく、かざりたてた小型トラックが大音量で音楽をならしながら呼びかけ歩いています。商店のウインドウにもお祭りチラシが貼ってあり、コスプレの子供達が待ち合わせています。

コスプレ


今度こそお祭りをみたい、と町の観光はそこそこにお祭りを追いかけ、ずうっと先の隣の町あたりを練り歩く姿を見かけました。あれがこの町のお祭りだったのか、隣町の子供祭だったのかわかりません。このあたりのカーニバルは、ベネチアのような北の方とはちがって、子供達が主役の地元のお祭りなんですね。
小砂利のビーチはとても小さくて、ほんの少し歩けば波打ち際についてしまいます。夏にはここにビーチパラソルが並ぶのでしょう。世界一美しい眺めらしいのですが、本当に狭いです。

小さい海岸


上の広場に立派なドゥオモがあります。正面はイスラム様式なんでしょうか、変わった模様のタイルで飾られています。

アマルフィ教会


入口からはいったすぐ右側に、聖アンドレアの彫像が立っています。何故か上げた手からアジくらいの魚を鎖でぶら下げています。ちょうど三日前に見たニュース、国会の場面だったと思いますが、男性の議員が右手に本物の魚をつかみ、それを振り上げて何か訴えていました。あんまりそっくりだったので、思わずアハハと笑ってしまいました。すると、「ビー サイレント。」と男の人の声が。この町の守護聖人に無礼を働いてしまいました。ごめんなさい。後で知ったのですが、聖アンドレアの聖遺骨が、聖堂の地下に今も大切に保管されてあるそうです。

 夜は本場のピッツェリアでピザ・マルガレータを食べる予定でしたが、ピッツェリアから窯が壊れたと連絡が入りました。修理に2時間かかるということで、ピザ以外のメニューなら出せると言って来たようです。が、添乗員さんの言うことには「ツァーのコースとして決まっているので、私たちはピザを食べなければなりません。」私たちお客はメニューはどうでもよかったので、添乗員さんの深刻なおわびに大うけしてしまい、遠慮なく大笑いしちゃいました。

2時間遅れたおかげで、予定にはなかったサレルノの町の観光ができました。平地に発展した現代的な都市です。いかにもビジネスで生きている感じで活気があり、人々の歩く足取りも心なしか忙し気です。

              すてきな帽子の専門店です。
                帽子や


大きな聖堂があり、中に入れるというので見学させてもらいました。装飾がすっきりしていて、あまり古さをかんじません。正面の広い大きな礼拝堂はがらんとしていて、脇の方の小さな礼拝堂に人が集まってミサを始めているようでした。

帰国の日

8日目、ついに日本に帰る日が来ました。サレルノからナポリにいき、そこでローマ行きの飛行機に乗り換えます。
朝のナポリの海をバスから眺めて、飛行場に直行です。ナポリ市内はスリやひったくりがうようよいて非常に危ないので、歩いての観光はしないのだそうです。シチリアで、ナポリにはごみがあふれているというニュースを見ていたので、バスの窓からずっと眺めていましたが、ごみらしいものは見つからす、そんなところから見えるわけはない、と娘にあきれられました。空港も普通にきれいでしたし。  

ナポリの町

                                                              
 絢爛豪華も歴史の重みも風光明媚もごみの山もなんにもなく、普通~の、近代的な高速道路を通り抜けただけ。
「ナポリを見て死ね」ということわざがありますが、こんなんじゃ全く死ねませんわ。

きれいなナポリ空港正面
ナポリ空港


空港で、ナポリの新聞を買いました。イタリア語を勉強していつか読めるようになるかも知れない、と期待を込めて。
もう一つ酔い止めの薬も買いました。きれいな女店員さんが、言葉の通じない私に一所懸服用方法(乗る30分前に飲んでおくこと)を説明してくれて感動しました。
                                                                          
イタリアの女性は仕事に忠実で懐が深く、頼りがいがあります。これもイタリア男性のいい加減さに培われたのかも知れません。ほっそりしたごく若いころから寛容な心と肝っ玉を鍛えて、堂々としたマンマになるのでしょう。
                                                   
びっくりその⑪  恐ろしい出国審査
ナポリの空港で荷物検査がありました。日本人は非常に信用されていて、ほぼ顔パスだと、添乗員さんは言っていましたが、スーツケースはもちろん、機内持ち込みの手荷物を開けてみることもしません。
さらに、ローマの出国審査でのことです。
ゲートの手前の長い列はなかなか進みません。見れば、係の男性職員が、同僚とパソコンを見ながら話しこんでいます。エラーでもあって教わっているのかと思ったら、そうでもないようです。結局世間話に花が咲きすぎていただけのようでした。隣の女性職員のゲートでは彼らの4倍は速く進んでいました。うーん、女しか働いてないのか。
さて、パスポートの提示と人物確認がありましたか???私はそのとき、メガネにマスクをしていましたがだまってスルー。顔なんて見ていないのです。さらに、娘を通過させた係員は、パスポートさえも手探りで、目で見ていなかったといいます。出国のハンコを貰わない人もいました。査証はなくても別に問題はないそうですが、なんなんだこれは?あれなら目だし帽でも通過できるかも知れません。持っていたら実験していたところです。まあ、帽子にメガネマスクはきっとフリーパスですね。

 ローマ空港
ローマ空港



2月17日のローマの空港はこんな感じでした。が、チュニジアの事件からこちら、あんなのどかな様子は影をひそめたでしょう。イスラミックステートのテロ行為は毎日のようにニュースで流れてきます。平和を壊すことはこんなに簡単だけど、それを取り戻すのは気が遠くなるほど困難です。火器を持ってしまった人間は、大昔素手で殴り合いをしていたころのように、肉体的に疲れ切ってやめるということができません。指ひとつ動かすだけで大量殺人ができてしまいます。わたしたちはどうしたらいいのでしょう。何ができるでしょう。
平和こそがすばらしいと、言い続けること。ごまめの歯ぎしりでもなんでも、ともかく言い続けることだけはできます。 

蛇足ですが、成田から東京に帰ってきて、八重洲口のレストラン街を、和食、和食、と言いながら彷徨い歩き、結局食べたのはとんかつでした。

とうとう山形に帰って来ました。そして、4か月もすぎてしまいましたね。一生に一度と思っていたけれど、いまは懐かしくてたまりません。いつになるかわからないけれど、また行く機会がもてたらどんなに嬉しいことでしょう。 
最後に添乗員さん、運転手さん、ガイドさん、そしてツアーの仲間たちに大きな感謝を捧げます。
ありがとうございました。           
                                                                  おわり
                
                      おまけ パレルモでみた三輪車
                    三輪車

                

シチリア南イタリアびっくり旅行記 南イタリア編 2


マリオのコスプレs

↑子供たちのコスプレ。

カーニバルの季節でシチリアでも本土でもお祭りが多かったのですが、なかなか見ることはかないません。町の中心の広場の方から元気のいい音楽が流れて来て、踊りを披露しているようでした。行ってみたらイベントは終わり、子供達は三々五々散っていくところ。あとにデザインの変なドラえもんの大きな像が残っていました。このあと大人たちの催し物もあるらしく、仮設の舞台で音響やライトの準備をしていました。

 サレルノへ
  イタリア半島の西側へ引き返し、ナポリの南の海際の都市、サレルノをめざします。夕食のデザートのレモンのドルチェ(ババ)が強烈でした。お酒の効いたケーキにさらにレモンチェッロという甘いリキュールをかけたものですが、お酒のなかにケーキを漬け込んだように《びたびた》なのです。しかし、酔っぱらうことなくこれもするすると完食してしまいました。旅先のアレで脳が酔うなという信号を出しつづけていたのでしょうか。

 サレルノでは、この旅では初めてアメリカンスタイルの高級ホテルに泊まりました。
部屋に湯沸かし器がついていて、とても有り難かったです。お茶パックも熱い湯で淹れるとすごくホッとしますねえ。
が、いろいろヘンテコなことが。テレビをつけると大音量でバスルームから音が出ます。それを、どこをどうやってもOFFにできないのです。音量の調節機能もありません。大音量なので、静かにするにはテレビを消すしかありません。給湯のお湯がまた、熱湯と水が交互にでてきます。ずっと出し続けても安定しません。そこで、できるだけぬるい温度設定でシャワーをあび、水になったらさっと身をよけ、温かいお湯になったら浴びる、これを繰り返すという方法をあみだしました。日本人なんだから、バスタブになみなみとお湯をはってどぶんと入ればいいだけのことですけどね。
 翌朝、ホテルのレストランからみえる小高い山に松の木が茂っていて、娘は山形の千歳山みたいだと言って喜んでいました。
やっぱり山は緑がいちばんです。

ポンペイ
翌朝、いよいよポンペイに向かいます。紀元79年にベスビオスが噴火し、高さ8メートルもの灰に埋もれてしまった古代ローマの都市、超有名な遺跡です。入口の手前で目に入ったのが、城壁の外の松。
ポンペイの松s
    日本の松林みたいにすくすく育って大木になっているではありませんか。
 
 遺跡を見るのは2時間だけなので、ガイドさんは速い速い。歩きながら説明もそこそこに次、見た、はい次、って具合です。娘が写真を撮ったりして遅れると、どっちへ向かったか分からなくなります。私は中間地点で、前を見失わないように娘をせきたてるのに一所懸命で、堪能する暇がありません。うーん、他をけずってももっといたかったなあ。
 
 今は海からすこしはなれていますが、ローマ時代には、海の側で、船着き場もありました。入口の近くに浴場があり、外から来た人は必ず風呂に入ることになっていたそうです。

 円形闘技場には、グラディエーターたちの宿舎とトレーニング場が付属しています。なかなか立派な造りです。闘技場だけでなく、ここも見物できたのでしょうか。
 町の通り沿いにはバール(酒と軽食を出す店)があちこちにあり、小麦を挽く粉屋、パン屋もあります。石臼は棒をさしてロバにひかせたそうです。

 石畳のゆるい坂道にはくっきりと深いわだちの跡。荷物を満載し、キイキイ車輪をきしませながら車を曳く馬の足音や、馬を励まし、後ろから押していく奴隷の声が聞こえそうでした。道のまんなかの水飲み場は、直接水に口をつけて飲んだときに流し台の縁がこすれて、そのかたちですり減ってます。
わだちs

 娼婦の館もあり、それぞれの娼婦の得意技を描いた肖像画がかけてあります。堂々とあけっぴろげで、みじめな感じはありません。彼女たちがどんな身分だったのかわかりませんが、穢れた職業だとは思われてなかったのでしょうね。
 
 町の中心の広場からまっすぐベスビオ山がみえます。
 ベスビオスs
この周りに役所や神殿などの公共施設が立ち並んでいたそうです。
その一つ、市場の広い建物に入りました。壁の高いところに魚など取引するようすが描かれています。最盛期には15000人の人が住んでいたというこの町の台所です。

 がらんとした空間の中に、噴火で亡くなった人の石膏像が展示されています。一瞬にして灰に覆われてしまった人は即死でしたが、死体は焼け焦げてしまわず、長い間に内部が腐って空洞になりました。発掘した時、そこに石膏をながしこんで、型を取ったのだそうです。あおむけに転がっている人のサンダルの紐までリアルに残っています。一瞬にして命を絶たれた人の形が、2000年後の私の目の前にあります。今の今まで生きていて、今も死んではいないと思っているかのように。
 
 建物の外へ出ました。壁をくりぬいて、美しい彫刻を飾ってあります。
ポン彫刻s

 説明をよく聞いていなかったので、像の名前も由来もわかりませんが、美術の教科書でみるヴィーナスやアポロンのような像です。現在のイタリアの町にもこの時代からの伝統が生きていて、街角の建物に、ごく当たり前に聖人像が飾られています。
ポンブロンズs

 遺跡を出るときになって、一人の人が、広場の柱に手を当ててしばし無言で佇んでいました。何をしてたのか聞くと、もう一度ここに戻ってこれますように、柱に念をこめていたのだそうです。私もやりたかったけど、心の中だけで祈りました。
 しかし、観光客がちらほらしかいないのはどうしてなんでしょうね。寒くないとはいってもシーズンオフの真冬だからでしょうか。誰に気兼ねしなくてもよくて、とっても有り難かったけど、なんだかもったいない気がしてしまいます。
 
 そのあと、遺跡のすぐ目の前のカメオ屋さんで、高価なおみやげを見ました。必ず行くことになっているコースらしかったけど、わたしは本当に見るだけ。でも、けちけちしないでなんでも買っておけばよかったかなあ。

シチリア南イタリアびっくり旅行記 南イタリア編 1

                          
シチリアと南イタリアびっくり旅行記  南イタリア編 1

 14日、タオルミーナを発ち、メッシーナの港からフェリーに乗ってヴィラ・サンジョバンニに着きました。いよいよイタリア本土、蹴飛ばされた小石から、ブーツのつま先に這い上りました。一路アルベルベッロを目指します。
 やはり南国の風景が続きますが、山は高く、谷は深くなりました。山脈に向かってバスはのぼり続けます。
途中コチェンザの町で昼食。建物に張り付いたような急な階段を登ると、いきなり寺院の前の広場にでます。そこにすてきなレストランがありました。
階段レストランs レストラン赤

 この町は観光地ではありませんが、古い家並みと階段、車も入れない細い道を抜けると、いきなり広場にでる、いかにも昔からのイタリアらしくて素敵でした。
レストランといえば、どこに行っても、わずか8人の食器が、いつも一つ二つ 違っています。初めは物にこだわらない大雑把なイタリア気質かな、と思っていましたが、こちらでは全部一緒とか、お揃いはださいんですね。違っていないと気持ちが悪いみたいです。
でも、他の人と同じものを持ったり着たりはしたくないってのはわかりますけど、お客に出すものまで、どこか違えて出したいというのはねえ。日本人の私は均一感や公平感に馴らされすぎているのかもね。

アルベルベッロ
アルベルベッロs
 
 夕方近くになってアルベルベッロに着きました。小ぢんまりした村のようなところだと思っていたのですが、思いのほかの都市でした。紹介文に人口10000人の小さな集落と書いてありましたが、なんか規模感が違うと思いませんか。集落って、二十軒や、三十軒くらいのものを想像してしまいますよね。旧市街はほとんど全部がトゥルッリという円錐形の石屋根の家です。家のとんがり帽子のような丸屋根は小さいのですが、屋根一つが一軒ではなく、そのわきに低い屋根の部屋がつながっていたり、裏に平らな屋上のある家もあります。広場からゆるい登り階段の道沿いに、清水寺の参道みたいにお土産物屋が並んでいます。ここは観光客が格段に多く、雑踏になっていました。
アルベルベッロ夜s

びっくりその⑧ 日本語の呼び込み。
定価販売と書いた看板を掲げて「テキセイカカク」と叫ぶ人。「トウキョウから?オオサカから?」と訊く人。「シマイトシ、シラカワゴウ!」って言い続ける人。観光客のほとんどが日本人らしく、どこでもここでもアヤシイ日本語で呼び込んでいます。「商売キツイ、キョウザメ。」って教えてあげればよかったかな。タオルミーナでは中国人のツアーも見かけましたが、ここは圧倒的に日本人が多いようです。
 暗くなるまで土産物屋街を散策、坂を上ったところの教会を覗きました。町の普通の教会で、ちょうど夕方のミサが始まるところ、中に入るのは遠慮しました。外からも信心深い敬虔な雰囲気がうかがえます。

 翌朝、出発前に時間があったので、もう一度旧市街を歩きました。住宅地域は落ち着いていて、現在も普通の日常生活をおくっています。こういう一般の民家にお泊り体験をすることもできるようです。ある家から学生風の金髪の女の子がスーツケースを転がして出てきて、見送りを受けながら駅の方へ歩いて行きました。一人旅なのかな。
アルベルベッロ教会

 前夜行った教会とは逆の方向の坂の上に聖堂があり、朝の鐘が鳴っていました。ここも礼拝があるのでちょっと見て退散、シチリアでたくさん見た教会や聖堂よりずっと新しく、整った感じがしました。

 帰りにタバッキ(雑貨屋。新聞、タバコ、切手、ガムやスナックなどを売っている店)によりました。お土産にイタリア産のタバコがほしかったのですが、日本で売っているようなアメリカタバコはいっぱいあるのに、イタリアで作った物というと、男の店員さんは首をかしげています。言葉も通じないのでうだうだしていると、しっかりしたマンマが出てきて、あれこれ探し、紙で巻くたばこを出してくれました。イタリアの人は道端でタバコを吸い、そこらへんに投げ捨てているので、吸い放題な感じがしますが、案外イタリア国産たばこは少ないのかもしれません。

 マティラの洞窟住居群へ
 地図で見ると、靴のかかとの付け根にあるアルベルベッロから土踏まず方向に引き返し、ちょっと山の中にはいったところにあるマティラの町へ。サッシ―地区の洞窟住居群を見にいきます。
 サッシ―住居群s

 家の前の道路が下の家の屋根になって、またその下にも家が重なっています。一軒の家に入口一つで、奥に奥にと掘られています。洞窟は石器時代から人が住んでいたそうです。中世になるとイスラムの勢力から逃れてきたキリスト教徒の修道士が住み着くようになり、たくさんの聖堂がたてられました。
 まわりに農民も住むようになって、10000戸にまで増えましたが、20世紀には、貧民窟のようになってしまいました。家の中に家畜や鶏も同居する不衛生なところだったそうです。マラリアやトラコーマが蔓延し、イタリア政府も見放したような場所でしたが、1954年からすべての住人を他の地区に移住させました。
 しばらく捨て去られた廃墟だったのが、1993年、世界遺産に登録されてよみがえったのだそうな。
 さっしー3s
今は、観光客相手の土産物屋やレストランがあり、元の住民も少しは帰ってきて、2000人ほど住んでいるそうです。
日本ではあまり知られていないようですが、アメリカ人には絶大な人気があるということでした。集落なんてレベルではなく、この家の重なりは間違いなく都市です。

びっくりその⑨ 家の地下を流れれる上水道
↓上からみた地下水路。バケツで水を汲む。
サッシ― 地価の上水道s

さすがはローマ時代以来の建築技術です。不思議なダンジョンを何百倍にもしたような、サッシ―の洞窟住居の地下に水路があり、それを生活用水につかっていました。昔の暮らしを再現した住居だけをみたので、すべての家にあったかどうかはわかりませんが、全く無秩序に家を掘り進めたような住居群の一軒一軒の地下に上水道が流れているって、想像を絶するものがあります。
すごい文明やん。それなのにというか、それだからというか、今は道路になっている谷間の小川は往時はトイレになっていたそうな。うーん、わけわからん。
現在もトイレは少ないらしく、レストランのトイレは二、三十人待ちでした。 
プロフィール

楠田文貴

Author:楠田文貴
生まれてこの方何をしても
波打ち際でアップアップの人生でした。
で、初めてUP(オイオイ)
波をこえてどこまで行けることやら……
 さて、物語の登場人物たちが
やけに幼いと感じたら、それが
作者の今現在です。
どうぞ寛容をもってお読みください。

初めての方へ
初めての方へ はじめまして、このブログを見つけて下さってありがとうございます。 このブログは第三章からになっています。ここから読んでも差し支えありませんが、以前のお話をお知りになりたい時は 第一章、第二章をホームページ 《れんげ畑と古の森》 に収録してありますので、そちらをご覧ください。 また、古い記事が上になっています。上から順に読み進めていただけます。 お楽しみいただけたら幸いです。 なにかお気づきのこと、ご感想などございましたら、お気軽にコメントをお寄せください。
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