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 帰還

 1 対岸へ

入り組んだ半島の先端と小さな島々の間を抜けると、広々とした外海が開けた。西から追い風が吹きはじめ、朝霧が晴れた。太陽は今生まれたてのような姿を海面に映し、光の帯が手招くように舟に向かって伸びている。

とろりとした緑だった海の色が、透明な青みを増し、遠くは底深い群青に輝きだした。
 
「親父、今日は、うねりが大きいぞ。」
 声変わり途中の少年が、後ろもむかずに叫ぶ。目の前の波のように極まりなく声音が揺れる。
「この間の嵐のなごりだ。前の島に向けてまっすぐ漕げ。」
 よく通る塩辛声が息子の背に飛ぶ。外海を渡るには心もとないような小さな刳り船である。
艫にいて舟を操る白髪交じりの船頭と舳先に立つ少年は、真黒く日に焼けた身体を気持ちよく海風にさらしている。
 真ん中に、客が一人、ふなべりに手をかけてうずくまっている。ほんのり赤みを帯びた指先の他は、しなやかな被衣とすべらかななめし皮で身体のすべてを包んでいる。
 衣がむくむくと動き、客は起き上がった。被衣を払い落とし、長袖を脱ぎ、靴を脱ぎ、下着の胸紐までもくつろげて、外気を入れた。
 まだ年若い、舟長の息子といくつも違わないだろう青年だ。いくぶん火照った顔が風を受けてひきしまる。肌は飽くまで白く、つややかで真っ直ぐな髪を頭の上でまとめている。
 
 「客人、気持ちは悪くないか?」
船頭が訊いた。
切れ長の厳しい瞳の色がほっと緩むと、目が糸のように細まり、たちまちひとなつっこい笑顔になる。
「これが外海か。広々として風が気持ちいい。南を指すといったが、汝(なれ)らの土地は南にあるのか?」 
「いいや、いま見えている島の先にわしらの島がある。そこから岸伝いの海の流れに乗って、東へ向かう。」
「吾のとおい祖先の地は大陸の南、大いなる流れのほとりにある。吾はそこに行って見たかった。」
「いつか行く機会もあるだろう。今は、わしらのムラへ帰らねばならん。」


 半島の港の異様な賑わいに行きあい、祖のムラの一行は、半島から島々へ、島々から半島へと人々を運んだ。慌ただしく便船を求める人々から、かつて目にしたこともないような財物を手に入れ、さらに多くのものを蓄えようと勇み立っていた。

 だが、一行の長イワクスの息子トギホが、俄かにムラに帰ると言い出した。どうしても帰らねばならぬとトギホは父を説き伏せ、まだ働くと言う仲間たちと別れた。
 小舟をもとめ半島をでようというその朝、二人は琢という若者を拾った。彼は、共にいた髭の男と別れて舟に乗った。男は怪我をおって旅に出られる状態ではなく、一緒にいると言う少年を強いて発たせた。男はこの少年のために数多くの品を舟に積み込ませたが、賊に襲われ殆どを投げ捨てた。
 
 ムラに帰ると決めたわけを、トギホはこうあかした。 
「ニギホが呼んだんだ。」
「ニギホとは?」
「俺の双子の姉だ。別れてからもう三年にもなる。ニギホの声が聞こえたんだ。早く、早く帰って来いって。」
「側にいない人間の声が聞こえるのか?」
「客人は聞いたことがないのかい?」
「吾はたくさんの人を支えにし、犠牲にして生き延びた。行方の知れぬ者、吾のために命を落とした者もいる。幼い子供のころに別れた母に、幾たびも心で呼びかけたが答えはなかった。吾を懐の鳥のようにいたわり育ててくれた乳母は、生きておればずっと吾を探していよう。だが、吾にはなにひとつ聞こえない。もしも隔たった者の声が聞こえるなら、聞いてみたい。」
「仲間たちも気のせいだろうって、本気にしなかった。でも、俺は聞いたんだ。」
「わしにも、ニギホの声は聞こえないが、双子には、不思議なつながりがあるようだ。こいつの顔を見ていると、ニギホが難儀な目に合っているような気になってな。いったんムラへ帰って様子を確かめることにしたんだ。」
「ニギホはめったに泣き言を言わないんだ。二人はそっくりだってよく言われたけど、俺みたいにうろたえて大騒ぎしたりしない。俺を呼んだのは、よっぽど大変なことが起こっているからだよ。」
「大切な姉妹なんだな。」
「ニギホと俺は、双葉の片割れだ。どんなに遠くにいても同じ根で繋がっているんだ。」
 もうすぐだよ、ほんの一息だ。きっと救けるから、待ってて。
トギホは目を閉じてニギホに語りかける。
「遠いのか?」
「まともに、櫂で漕ぐだけなら半月だが、天候に恵まれ、流れに乗れば、四、五日で着く。ニギホが呼んでいるなら、海の神も助けてくれるに違いない。」
「ムラとはどんなところなのだ。農民の集落のようなところか?」
「そうだな、人の数では似たようなものだろう。が、田はなく、畑も少ない。人々は山、川、海の恵みで生きている。」
「山人の部落のようなものか。あれらは、土地を耕さず、一所に長く住まぬらしいが?」
「ああ、夏と冬で山奥とふもとを行ったり来たりする人もいるよ。」
「ま、行けばわかる。」

 この二人は、自分らの土地へ帰るのだ。琢は、故地を持つ二人を一瞬うらやましく思った。
 吾は、国を離れる。もう二度と戻ってはこられない。故国も身分もなくなった。寄る辺もなく流れ流れる落ち葉のような境涯だ。だがしかし、決して軽いものではない。命を落としたひとたちの望みを自分は背負っている。
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プロフィール

楠田文貴

Author:楠田文貴
生まれてこの方何をしても
波打ち際でアップアップの人生でした。
で、初めてUP(オイオイ)
波をこえてどこまで行けることやら……
 さて、物語の登場人物たちが
やけに幼いと感じたら、それが
作者の今現在です。
どうぞ寛容をもってお読みください。

初めての方へ
初めての方へ はじめまして、このブログを見つけて下さってありがとうございます。 このブログは第三章からになっています。ここから読んでも差し支えありませんが、以前のお話をお知りになりたい時は 第一章、第二章をホームページ 《れんげ畑と古の森》 に収録してありますので、そちらをご覧ください。 また、古い記事が上になっています。上から順に読み進めていただけます。 お楽しみいただけたら幸いです。 なにかお気づきのこと、ご感想などございましたら、お気軽にコメントをお寄せください。
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