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 5 我らの船


5 我らの船

 舟は、ぐんぐんと対岸にちかづいた。山並みは、山頂のほうから黄ばみ、早くも紅葉が始まっている。が、ぐいと突き出した岬は旺盛な緑が、海になだれ落ちんばかりにはびこり膨らんでいる。端から滑るように湾にはいる。
 
 入り組んだ大きな湾内には、小さな岬と入浜がいくつもあった。大きな舟を上げるだけの奥行きもないそれらをやり過ごし、奥まった壺の底のような浜にたどりついた。まだ、夕方までには間がある時刻だ。葦の張り出す水際には、海鳥たちがやかましく鳴きかわし、彼らの舟を跳んでよけてはすぐに着水する。遠浅の浜に、大きな川が流れ込んでいる。

その川口、丈高い葦の茂みに分け入るようにして、大陸の、舳先の反りあがった大きな船がもやってある。帆柱は折れているが、形は美しく保たれており、白く塗られたふなべりに赤く大きく描かれた文様は、鮮やかに輝いていた。巨大な鳥が翼をたたんで休んでいるようにも見える。
 老人が手を振り上げて叫んだ。
「あの舟ぞ。あれこそ我らの舟ぞ。」
若い女も興奮してイワクスたちに頷いた。
「接ぎ船だ。すごいな。きれいに浮いている。」
 長さ十尋もある大きな接ぎ船だ。

 なんという幸先のよさよ、と、漕ぎ寄せる。一番乗りとばかり、トギホが身軽く船べりを飛び越えた。
「うわっ、なんだこれは?」
声よりはやく、この浜の住人らしい男たちがばらばら走って来た。
「何者だ。何をしている?」
「親父、水だ。船底に魚が泳いでいる。」
「これは我らの舟ぞ。返してもらおう。」
 三つの言葉がほぼ同時に吐き出された。
 男たちの後ろから、大きな男がのしのしと歩いて来る。この浜の長らしい、一人だけ袖のある上着を羽織っている。
「わしは、これを預かっておる。勝手に手を触れてはならぬ。」
祖のムラムラの言葉だ。
イワクスは今までのいきさつを手短に話した。
「これに乗って来たやつらは、目印の杭を壊し、仕掛けの網をずたずたに破った。やつらがこの浜をもとどおりにするまで、これを預かっているのだ。」
「しかし、驚いたな。舟底に穴が開いても、きれいに形を保っている。こんなのは初めてみたぞ。素晴らしく丈夫な接ぎ船だ。」
 トギホはしきりに感心している。
 「川でも海でも、巨大な接ぎ船が目の前でバラバラになるのを、何度も見て来たからなあ。本当は小さな刳り舟の何倍も丈夫でなければならない筈だが、大抵はひとたびどこかが狂うとあっというまにばらばらになってしまう。」
 イワクスは舟底をしさいに見ようとのぞきこむ。浜の長が、手を広げて止めた。
「この船に手を触れてはならん。」
「だが、この老人らが本当の持ち主だ。」
「急にやってきて、何を言うか。」
「それより、沖の島にはまだたくさんの人が取り残されている。何艘か、舟を出してもらえまいか。」
イワクスが頼むと、
「出せる舟はみな出払っている。帰って来るまで待つがよい。」
「いつ帰って来るのだ?」
「わからない。」
 とりつくしまがない。
 船は修理しないのか、と、聞くと、ここにはこんな接ぎ船を修理する船匠はいない、と答える。
「このままおいておけば、波によって大破するかもしれない。わしは大船の修理もできる。わしの手でなおせるものかどうか、見せて貰えないか?」
イワクスは持ちかける。浜の長はそれも断った。
 大陸の老人はいう。土民の言うことなどいちいち聞かずともよい。わしらが正当な持ち主であるのだから、それを分からせる、と。カタコトの女を介しての、老人と浜人の会話は、なかなか伝わりあわず、かみ合わぬ。互いに苛立つばかりの掛け合いに、やはりイワクスが仲立ちをすることになる。
 「こんな面倒につきあってはいられない、早くムラへ帰らなくては。」
トギホは焦る。何度もニギホの声を耳の中で聞き、その顔が目の前にちらつく。ここでぐずぐずするなら、歩いても出発する、と父に迫る。この時代、陸路はほとんど道なき道である。海岸伝いに人里から人里を縫って行ければいいが、大部分は獣の領分、深い森や高い山を手探りで歩くことになる。

老人は舟の周りを何度もめぐり、ため息をついた。船を取り戻したとしても、ちゃんと底を見なければ、修理できるかどうかわからない。
「ともかく。」
イワクスは浜の長に持ちかける。
「このままにしておいて横波をくえば、あとかたもなく壊れてしまう。せっかくの預かりものだろう。台無しになる前に陸揚げせねば。」
浜の長は首をひねる。船を台無しにしたくはないが、うかつに話しに乗って横からさらわれるようなことになるのではないか、と疑っているのだ。

 琢は老人の耳元によって、大陸王族の言葉で話しかけた。
「ヒジリどの、あの舟を買い戻されてはいかがか。」
「そもそも自分のものを買うと言うのか。」
「浜の長は、フナビトとの約束など信じてはいない。奴らが置いて行った船は自分の物と思っている。しかし、浜の者は修理も操船もできない。ここに置いておいても宝の持ち腐れというものだ。彼は財貨を見せれば必ず動く。財貨は、船を壊さずに保管してくれた礼と思って渡せばよいのではないか?」
 
  数日の後、ぴったりと穴を埋めた船が島に向かった。最小限の修理で、帆柱はあきらめての出航だ。
 翌日、島の人々を乗せて二十人を超す一行が船出した。
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プロフィール

楠田文貴

Author:楠田文貴
生まれてこの方何をしても
波打ち際でアップアップの人生でした。
で、初めてUP(オイオイ)
波をこえてどこまで行けることやら……
 さて、物語の登場人物たちが
やけに幼いと感じたら、それが
作者の今現在です。
どうぞ寛容をもってお読みください。

初めての方へ
初めての方へ はじめまして、このブログを見つけて下さってありがとうございます。 このブログは第三章からになっています。ここから読んでも差し支えありませんが、以前のお話をお知りになりたい時は 第一章、第二章をホームページ 《れんげ畑と古の森》 に収録してありますので、そちらをご覧ください。 また、古い記事が上になっています。上から順に読み進めていただけます。 お楽しみいただけたら幸いです。 なにかお気づきのこと、ご感想などございましたら、お気軽にコメントをお寄せください。
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