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シチリア南イタリアびっくり旅行記 南イタリア編 2


マリオのコスプレs

↑子供たちのコスプレ。

カーニバルの季節でシチリアでも本土でもお祭りが多かったのですが、なかなか見ることはかないません。町の中心の広場の方から元気のいい音楽が流れて来て、踊りを披露しているようでした。行ってみたらイベントは終わり、子供達は三々五々散っていくところ。あとにデザインの変なドラえもんの大きな像が残っていました。このあと大人たちの催し物もあるらしく、仮設の舞台で音響やライトの準備をしていました。

 サレルノへ
  イタリア半島の西側へ引き返し、ナポリの南の海際の都市、サレルノをめざします。夕食のデザートのレモンのドルチェ(ババ)が強烈でした。お酒の効いたケーキにさらにレモンチェッロという甘いリキュールをかけたものですが、お酒のなかにケーキを漬け込んだように《びたびた》なのです。しかし、酔っぱらうことなくこれもするすると完食してしまいました。旅先のアレで脳が酔うなという信号を出しつづけていたのでしょうか。

 サレルノでは、この旅では初めてアメリカンスタイルの高級ホテルに泊まりました。
部屋に湯沸かし器がついていて、とても有り難かったです。お茶パックも熱い湯で淹れるとすごくホッとしますねえ。
が、いろいろヘンテコなことが。テレビをつけると大音量でバスルームから音が出ます。それを、どこをどうやってもOFFにできないのです。音量の調節機能もありません。大音量なので、静かにするにはテレビを消すしかありません。給湯のお湯がまた、熱湯と水が交互にでてきます。ずっと出し続けても安定しません。そこで、できるだけぬるい温度設定でシャワーをあび、水になったらさっと身をよけ、温かいお湯になったら浴びる、これを繰り返すという方法をあみだしました。日本人なんだから、バスタブになみなみとお湯をはってどぶんと入ればいいだけのことですけどね。
 翌朝、ホテルのレストランからみえる小高い山に松の木が茂っていて、娘は山形の千歳山みたいだと言って喜んでいました。
やっぱり山は緑がいちばんです。

ポンペイ
翌朝、いよいよポンペイに向かいます。紀元79年にベスビオスが噴火し、高さ8メートルもの灰に埋もれてしまった古代ローマの都市、超有名な遺跡です。入口の手前で目に入ったのが、城壁の外の松。
ポンペイの松s
    日本の松林みたいにすくすく育って大木になっているではありませんか。
 
 遺跡を見るのは2時間だけなので、ガイドさんは速い速い。歩きながら説明もそこそこに次、見た、はい次、って具合です。娘が写真を撮ったりして遅れると、どっちへ向かったか分からなくなります。私は中間地点で、前を見失わないように娘をせきたてるのに一所懸命で、堪能する暇がありません。うーん、他をけずってももっといたかったなあ。
 
 今は海からすこしはなれていますが、ローマ時代には、海の側で、船着き場もありました。入口の近くに浴場があり、外から来た人は必ず風呂に入ることになっていたそうです。

 円形闘技場には、グラディエーターたちの宿舎とトレーニング場が付属しています。なかなか立派な造りです。闘技場だけでなく、ここも見物できたのでしょうか。
 町の通り沿いにはバール(酒と軽食を出す店)があちこちにあり、小麦を挽く粉屋、パン屋もあります。石臼は棒をさしてロバにひかせたそうです。

 石畳のゆるい坂道にはくっきりと深いわだちの跡。荷物を満載し、キイキイ車輪をきしませながら車を曳く馬の足音や、馬を励まし、後ろから押していく奴隷の声が聞こえそうでした。道のまんなかの水飲み場は、直接水に口をつけて飲んだときに流し台の縁がこすれて、そのかたちですり減ってます。
わだちs

 娼婦の館もあり、それぞれの娼婦の得意技を描いた肖像画がかけてあります。堂々とあけっぴろげで、みじめな感じはありません。彼女たちがどんな身分だったのかわかりませんが、穢れた職業だとは思われてなかったのでしょうね。
 
 町の中心の広場からまっすぐベスビオ山がみえます。
 ベスビオスs
この周りに役所や神殿などの公共施設が立ち並んでいたそうです。
その一つ、市場の広い建物に入りました。壁の高いところに魚など取引するようすが描かれています。最盛期には15000人の人が住んでいたというこの町の台所です。

 がらんとした空間の中に、噴火で亡くなった人の石膏像が展示されています。一瞬にして灰に覆われてしまった人は即死でしたが、死体は焼け焦げてしまわず、長い間に内部が腐って空洞になりました。発掘した時、そこに石膏をながしこんで、型を取ったのだそうです。あおむけに転がっている人のサンダルの紐までリアルに残っています。一瞬にして命を絶たれた人の形が、2000年後の私の目の前にあります。今の今まで生きていて、今も死んではいないと思っているかのように。
 
 建物の外へ出ました。壁をくりぬいて、美しい彫刻を飾ってあります。
ポン彫刻s

 説明をよく聞いていなかったので、像の名前も由来もわかりませんが、美術の教科書でみるヴィーナスやアポロンのような像です。現在のイタリアの町にもこの時代からの伝統が生きていて、街角の建物に、ごく当たり前に聖人像が飾られています。
ポンブロンズs

 遺跡を出るときになって、一人の人が、広場の柱に手を当ててしばし無言で佇んでいました。何をしてたのか聞くと、もう一度ここに戻ってこれますように、柱に念をこめていたのだそうです。私もやりたかったけど、心の中だけで祈りました。
 しかし、観光客がちらほらしかいないのはどうしてなんでしょうね。寒くないとはいってもシーズンオフの真冬だからでしょうか。誰に気兼ねしなくてもよくて、とっても有り難かったけど、なんだかもったいない気がしてしまいます。
 
 そのあと、遺跡のすぐ目の前のカメオ屋さんで、高価なおみやげを見ました。必ず行くことになっているコースらしかったけど、わたしは本当に見るだけ。でも、けちけちしないでなんでも買っておけばよかったかなあ。
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プロフィール

楠田文貴

Author:楠田文貴
生まれてこの方何をしても
波打ち際でアップアップの人生でした。
で、初めてUP(オイオイ)
波をこえてどこまで行けることやら……
 さて、物語の登場人物たちが
やけに幼いと感じたら、それが
作者の今現在です。
どうぞ寛容をもってお読みください。

初めての方へ
初めての方へ はじめまして、このブログを見つけて下さってありがとうございます。 このブログは第三章からになっています。ここから読んでも差し支えありませんが、以前のお話をお知りになりたい時は 第一章、第二章をホームページ 《れんげ畑と古の森》 に収録してありますので、そちらをご覧ください。 また、古い記事が上になっています。上から順に読み進めていただけます。 お楽しみいただけたら幸いです。 なにかお気づきのこと、ご感想などございましたら、お気軽にコメントをお寄せください。
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